ブルガリア音楽の研究の今後の進め方について
2記事ほどブルガリア音楽について解説したっきり更新が止まっているのを(個人的に)気にしていたので、いまどういう状況かを説明したいと思い記事にしました。
ブルガリアの音楽を分析しました・第1回(楽曲分析とまとめ)
ブルガリアの音楽を分析しました・第2回(リズム分析)
現段階で分かっていること、記事を更新するのが止まっている理由、今後について書いていきたいと思います。
ブルガリア音楽は思っているよりも歴史的背景がめんどくさい
めんどくさいと言うとブルガリア人に怒られそうですが…ちゃんと説明します。
さくっと年表をまとめました。

過去の2つの記事でもフワッと触れたかと思いますが、私がこれまで触れてきたブルガリア音楽というは「オスマン帝国からの独立を果たした1908年以降」の音楽を指します。
ぶっちゃけオスマン帝国に臣従していた時代も含めて良いかと思いますが、以下の事情が絡んでおり正しいブルガリア音楽とはなんだ…?となってしまっているのが私の状況です。
- 現存するブルガリア音楽はヨーロッパ諸外国の音楽理論も含まれている
- 第二次ブルガリア王国以前の記録を探しているが全然見つからない
- トルコ音楽は口伝が基本で伝統的な音楽が正しく伝わっていない可能性が高い
私の知りたい「正しいブルガリア音楽」というのは、海外の影響が少ない、あるいは独自発展した本当に土着的なブルガリア音楽のことです。
なのに、国の歴史を見ていくと侵略だの独立だのとコロコロと変わっているので、果たしてどれがブルガリア音楽なんだ…?となってしまっている、という話です。
先に挙げた3つについて、それぞれ説明します。
現存するブルガリア音楽はヨーロッパ諸外国の音楽理論も含まれている
こちらはブルガリア音楽について研究した本「Bulgarian Harmony: In Village, Wedding, and Choral Music of the Last Century (SOAS Studies in Music) (English Edition)」に記載がありました。
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作曲された年にもよると思いますが、本によると
- オスマン帝国時代にもオーストリア、ドイツなどの音楽に触れる機会があったため、和声的な影響は受けた
- 19世紀半ばになると西洋文化の影響が出始める
といったことがあった様です。
特に都市部の音楽はこういった「外国の」影響を示す特徴が見られたそうです。
また20世紀になるとクラシックの中でも実験的、前衛的な音楽を勉強したブルガリア作曲家もいたこと、アメリカのジャズがブルガリア内に広まったことなどもありました。
といったことから、作曲された時期やその音楽が発見された地方などを正しく見極めないと、ブルガリア音楽らしさを勘違いしてしまう可能性があります。
外国の影響が強いということは「混ぜ物の音楽」ですからね。
第二次ブルガリア王国以前の記録を探しているが全然見つからない
ブルガリアのオスマン帝国の臣従(臣下として従うこと)時代はおよそ500年あります。
またブルガリアはオスマン帝国の大元、トルコはコンスタンティノープル(今のイスタンブール)を跨いですぐ隣です。
となると、オスマン帝国(トルコ)の影響はかなり大きかったと予想されます。
であれば支配される以前の、第一次〜第二次ブルガリア王国時代の音楽の記録があれば、私の知りたいブルガリア音楽らしさが分かるはずです。
…が、普通に音楽配信サイトを巡るだの楽譜を探すだけだのでは見つかりません。探し方かなぁ…。
この辺りは広く歴史を調べた本があるので、そこにヒントがあるだろうと思っています。
トルコ音楽は口伝が基本で伝統的な音楽が正しく伝わっていない可能性が高い
これが大変厄介な話です。
オスマン帝国時代が長いと話しましたが、そのオスマン帝国の元であるトルコ音楽の特徴として「口伝」「秘密主義」というものがあるそうです。
こちらの詳しい話は「トルコ音楽にみる伝統と近代」より。
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口伝はそのまま、口(あるいは演奏)で音楽を伝えるということです。
で、そこに音楽そのものや演奏技術は門外不出といった秘密主義の傾向があったらしく、一部の門派でしか共有しなかった上、記譜法も開発しなかったようです。
※記譜法は一部の人が開発したのですが、やはり文化的に広まらなかったみたいです。
これはオスマン帝国時代のトルコにもやはりあったらしく、口伝・秘密主義が相まってトルコ音楽のレパートリーはどんどん形を変える、あるいは忘れられたそうです。
というのがオスマン帝国時代の音楽文化なので、臣従しているブルガリアも少なからずこの影響を受けたのでは、と推測されます。
もちろんブルガリア国全体で口伝、秘密主義になったとは思いません。
が、20世紀ブルガリア音楽をパッと聞いておそらくトルコ音楽由来だろう特徴を感じたり、研究している本にもトルコの影響は大きいと記載があったりします。
であれば音楽を伝える方法や文化も影響を受け、どんどん形を変えたり失われたりしたのでは、と思います。
また、オスマン帝国時代のブルガリアは支配を受けていないヨーロッパ圏との交流が非常に少なかったため、19世紀には既に西洋クラシック界にあった「五線譜」もありません。
音楽的な影響は受けたらしいのになんでや。
つまり音楽を記録して残す、という方法がなかったようです。
以上から正しくブルガリア音楽を知るのに必要な勉強などについて
ここまで色々書きましたが、つまり私の知りたいブルガリア音楽らしさを知るためには、
- ブルガリアそのものの歴史から学び始める必要がある
- 20世紀からのブルガリア音楽から外国の影響だと思われる部分を見極め、除外する必要がある
という2点が挙げられます。
前者主には第一次、二次ブルガリア王国時代についてですが、地理的にギリシャが近いことから「古代ギリシア音楽」も勉強した方が良さそうです。
ギリシャもブルガリアと同様にオスマン帝国に臣従したこと、地続きなので臣従以前から交流があった可能性は十分に考えられること。
また、実際に私が読んでいるブルガリア音楽の研究書にも、ギリシャなど近隣のキリスト教国の持つ教会旋法などの影響も受けている、という記述がありましたので、より深く知るならギリシア音楽が大事かな…?と予想しています。
後者は支配していたオスマン帝国(トルコ)の音楽の特徴、20世紀から入ってくる西洋クラシックの特徴などを、既存のブルガリア音楽と照らし合わせるという話です。
なのでトルコ音楽も勉強せねばなりません。西洋クラシックはまぁ、少し分かるからどうにか…。
歴史、ギリシアとトルコの音楽と、ブルガリア音楽を知るために勉強しなきゃいけないものが増えました。
これはいつになったらまとまるのでしょうか。
ブルガリアンクワイアだけ知りたいなら別に、19世紀のブルガリア音楽だけ調べりゃ良いんですけどね。
追記: 当たり前ですがブルガリアはスラヴ民族に属するので、スラヴ文化も知る必要はあります。
スラヴ、ギリシア、トルコと、ものすごい歴史スペクタルになりますね。